ケアンズ皆既日食 



観測準備(11/14)

 アマルーに到着し、くじ引きの番号順に観測する場所を選んでいった。私の番号は「7」。日本人は黄色いLEDで仕切られたエリアが割り当てられている。緑、赤色のLEDで区分けされ、他国から来た観測者が割り当てられている。日本人エリアだと観測地のくぼみがある中央寄り(太陽に向かって右側)が良いようだ。右に倣えで出来るだけ中央寄りを選んだ。椅子が横1.5m縦2m間隔で並べられている。我々、重装備の人間からするとこの椅子は却って邪魔なのだが、どけられないし、土がぬかるんでいるの事もあり荷物置きにした。椅子は水が溜まっており、これまでアマルーも天候が悪かった事が伺える。


2時過ぎの日通旅行観測エリア。LEDより向こうは窪みになっており、立入出来ない。




アマルーに到着後、頭上から西側は晴れている事が多かった。時折東側の空も快晴となり、天の川が大きく広がり南十字星も確認出来た。だが、天候は安定しなかった。雲が出てきて星を隠したと思えば、スコールが我々を襲う。機材を出しているのでビニール袋で雨を避けれなければならない。上の画像でも分かっていただけるだろうが、三脚にはそれぞれビニールを被せ、スコール対策をしていた。
観測機材は2時間もあれば十分展開できた。金環日食の時は機材の干渉があったが、今回はスムーズに三脚、赤道儀などを組み立てて行く事ができた。これは前の失敗が活きたかたちとなった。しかし、喜んでばかりはいられない。天候が安定しないのだ。星空とスコールの交互を交えながら、夜は更けていった。相変わらず、快晴となっても皆既日食が見られる東側の低空の空は晴れることは無かったが・・・。

日食のはじまり
 夜明けが近くなり、朝焼けが見られるようになった。東側は分厚い雲に覆われている。日の出時間となっても太陽がどこにあるのかさっぱり分からない天気が続く。アマルーでは、日の出時には既に欠け始めた太陽が昇るはずなのだが、まったく顔を出さない。


日の出直後のようす。山頂のすぐ左から太陽が顔を出すはずだが・・・。


 時間が、刻一刻と進んでいった。カウントダウンは福島県星の村天文台長の大野氏が行ってくださるとの事。時間の進捗と太陽の食分をアナウンスして下さるが、いっこうに太陽が顔を出さない。部分日食が見えないので太陽でのピントあわせも出来ていない。夜明け前に金星が出ていたので金星でピントあわせをしたが、本当にあっていたのか正直心配だった。一応、雲でもピントを確認をしたが、ピントは合ってそう。アマルーは標高が高く、海岸線の低空の雲を避けるのに適していると国際航空旅行サービスの説明がホームページであったが、ここまで曇るとそれも意味が無い。というか、東の向こうの山が原因で雲が湧き、どんどんこちら迫っているような気がした。ただ、山の向こう、つまり海岸線の方角は陽が当たっているのがアマルーからも見受けられ(上の写真左側、明るいところがあるがおそらく海岸線に近いエリアだと思う)、段々嫌な予感がしてきた。海岸線を避けてわざわざ標高の高いアマルーに来たが、それが仇になるのでは?という嫌な予感が・・・。計画通りにいけば部分日食の撮影をしている頃だが、ただ天気の好転を祈るだけ。ほかに何も出来なかった。


日の出時間直後の観測地のようす。



 時間が6時半ぐらいになるとアマルーの空の色にも変化が出てきた。所々見える青空の色が濃くなってきた。しかし、相変わらず太陽は全く見えない、どこにあるのかも分からない状態だったので、嫌な予感が現実になりつつあるのが実感された。太陽が全く見えないが、撮影計画は部分日食の撮影以外は従来通り行う事とした。被写体はこの時、完全に本影錐狙いだった。曇り空でも本影錐の移動は分かると聞いていたからだ。皆既4分前からNIKON J1とSONY CX-180のスイッチを入れ録画開始。D40は携帯電話のでじリモによるインターバル撮影を開始した。メインカメラ、D300の出番はここまで無かった。私の一つポカミスはP5100で自分の行動を撮ろうと思ったが、完全に忘れていた。後でCX-180を見たら、全天撮影なので自身の様子が映っていたので、良かったといえば良かった。

 そこに私の嫌な予感を確実にしようとするスコールが皆既日食2〜3分前から降りだしてきた。なぜこの時間にスコール?日の出からスコールはほとんど降っていなかったので、雨はもう大丈夫だろうと思っていたから時間帯を考えても私は皆既日食が見えないのはもちろん、部分日食も見えない最悪の状況を思い描くようになった。空を見上げても、先ほどまで見えていた青空の部分がかなり少なくなっていた。





傘を差して皆既日食を待つ最悪の状況。皆既2〜3分前である。


 皆既1分半前、歓声が上がる。まだ皆既ではないのだが、歓声が上がった。東の太陽の方角で一部雲が切れ始めたのだ。それまで全く太陽の陽射しが当たらなかったが、今日初めてアマルーに陽が射し始めたのだ。
 私は夢中で望遠鏡を太陽の方に向けた。太陽が見えない。鏡筒には減光フィルターが付けてあった。雲を通してでは、減光フィルターを付けていると全く太陽が見えなかったので、減光フィルターを外した。まだこの時、雨が降っていたが、全く躊躇せずにレンズを太陽に向けた。この時私は今になって恐ろしい事をしていたことに気付く。光学ファインダーを覗いていたのだ。雲から太陽が出れば糸状の太陽といえども強烈な光を私の目に届かせることになる。当然失明に繋がるわけだから、この時ライブビューを使って撮影しなかった事は十分反省しなくてはならない。



皆既まで2分を切る、6時36分37秒の太陽。



皆既まであと1分を切り、極細の糸状の太陽となった。


皆既日食
 第2接触直前に太陽が顔を出し始めたので私はもとより、周囲の観測者もパニックに近い歓声があがった。そして、太陽はあろうことか再び雲の中に入り、第2接触は雲の向こうで始まった。下の組写真が第2接触時の空の明るさの変化をよく表しているかと思う。




第2接触の空の変化の様子。3秒ごとに撮影。


 雲に入ってしまって、当初計画していたシャッター速度1/500秒では全く何も写らないのでシャッター速度を1/15秒〜1/30秒程度のスローシャッターにすると、何やら見慣れないものが液晶モニターに映った。 黒い円と、白いもの、そして赤くはみ出たもの・・・。内部コロナとプロミネンスが写った事を確信した瞬間である。そして黒い太陽は何とか雲から出ようとしていた。「雲から出ろ、出ろ・・・!」周囲から声が上がる。



雲越しに内部コロナとプロミネンスが写る。


しばらくすると、黒い太陽が雲から・・・



ズッ・・・




ズズッ・・・




ズズズッ・・・




黒い太陽が現れた!


ついに、黒い太陽が雲間に出たのである。奄美大島で見られなかった黒い太陽。誠に感激した瞬間である。周囲の歓声は最高潮だ。この瞬間に立ち会うため、3年4ヶ月間、待ち続けた。ケアンズまでの高い旅費も支払ったのだ。格別である。夢中でシャッターを切り続けた。当初計画していたシャッター速度とは大きく異なるのだが、段階露光は是非試したいと思ったので、オートブラケット操作に取り掛かった。指が震えたが、何とか段階露光が出来た。




1/250秒で撮影した内部コロナ。





1秒で撮影した外部コロナ。





プロミネンスが写っている。



 NIKON D300は最大9段のオートブラケット撮影が可能なので今回は1/250〜1秒の段階露光で撮影した。さすがに得られた画像データから流線強調させる画像処理は難しいかもしれない。しばらく黒い太陽は雲間から顔を出していたが、やがて下側の雲に隠され始め、雲の向こうで第3接触が起こった。再び周りからは大きな拍手、歓声が上がった。



第3接触の空の変化の様子。3秒ごとに撮影。


 皆既日食が終わる
第3接触以降も太陽はしばらく雲の間から顔を出す事がなかった。周りの観測者と皆既日食観測が出来た事を喜んだ。撮影出来た人、不意を突かれて撮影出来なかった人、いろいろである。ただ、共通しているのは諦めていた黒い太陽を観る事が出来た喜びは大きかった事だ。私も感激に震え、そして今までに無い虚脱感に襲われた。
 「日食は未だ終わってないよ」、福島県星の村天文台長の大野氏の声を耳にした。まだ日食は終わってないのだ。私は再び東の空に目を向けた。皆既が終わってずいぶん経った時、深い食分の部分日食が見えた。前半の部分日食が見えなかったので、撮影にとりかかった。だが、部分日食は復円間近になったとき、再び厚い雲に覆われ始め第4接触の観望はあきらめた。


第3接触が終わった後の部分日食。相変わらず雲が多い。




もう少しで復円だが、この後再び厚い雲に覆われる。


 今回私は、奇跡が起こったと思った。第2接触直前までまったく太陽は顔を出さず、皆既前に雨も降り出しもはや絶望的だった。Twitterでも私は絶望とつぶやいていた。ここから、黒い太陽が見られるとはおそらくアマルーに居た人たちの中ではほとんど居なかったのではないかと思う。私もその一人だ。だが、黒い太陽は顔を出し、皆をパニックに陥れた。直前の雨で準備不足となり、撮影出来なかった観測者も多かったようである。撮影を諦め、観望に切り替えた人も居た。私は逆にその人たちが羨ましいとも思った。しっかり双眼鏡で観望されているからだ。私は逆のパターンであり、撮影をメインでやっていたため、双眼鏡を出すのを忘れていた。雨が降り出していたので双眼鏡を出すまでも無いか、とも思っていた。そこが今回一番失敗したと思った。もちろん肉眼ではよく見させてもらったから贅沢な悩みであるのだが、次回の皆既日食の時は必ず双眼鏡で黒い太陽をじっくり見たいと思う。
 第4接触が終わりつつある時間帯に私は一つやりたいと思っていた事が出来ていなかったのに気が付いた。ピンホールカメラ撮影である。アマルーの文字とカンガルーの絵を厚紙に小さな穴をあけて描いたのだが、すっかり白い紙に欠けた太陽を投影する作業を忘れていた。これは皆既日食の興奮のせいである。だが、不思議とあまり残念な気持ちにならなかった。皆既日食が見られた事のほうがはるかに嬉しかったからに違いない。第4接触の時間が過ぎ、私はようやく気持ちが少し落ち着き、朝食を摂った。

 我々のツアーはアマルー出発が11時予定だったので、少し散策してみた。観測所から北の方角に向かってずいぶん離れた所に白いヤギみたいな動物がいた。観測エリアは日食が見える東の方向になだらかな傾斜がある。椅子は並べられているが、観測後見ているとペア通し等で2つ1組になっているところもよく見られた。



日食終了後しばらく経ち、椅子は片付けられ始める。





売店。私が行った時はすでに日食Tシャツは無かった。




帰国編は
こちら

 


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